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[10月04日#1] 漣コミュニケーションを基に考え直す時期かも [脳の仕組み]

[10月04日#1] 漣コミュニケーションを基に考え直す時期かも

私が感じるに、人と人とのデリケートなコミュニケーションが心を通わせるために欠かせない。
どのような芸術であってもそれを感じる。では、これは一般的な事実だろうか?検証してみる。
ワニがいい例だ。サメもだ。血を落とすと群がって来る。興奮してわれ先に獲物を食いちぎる。

おかしい。彼らは獰猛なくせに共食いしない。なぜだろうかと考える。自然はそうなっている?
これは科学的な答えになっていない。なぜ、あなたは女で彼は男なのか?自然がそうした?
理由は染色体にある。XX型のペアが22組で残りの1組のXX型かXY型の性染色体で決る。

ヒトは基本的に女性だ。XY型の性染色体を持てば男性になる。こう考えて行くと科学になる。
私がコンピューター科学の分野で最初に取り組んだのは図形や音声のパターン認識だった。
名古屋大学で行われる数学コンクールに出題した。なぜカシオペア座はWに見えるのかだ。

北極星の周りを日周運動するから、Mに見えてもいいじゃないの?いや、そうは見えない!
そしてホームページに載せてあるように認識論に発展させた。これは国際会議でも受けた。
挿絵がユーモラスで魅力的だ。(→ http://homepage2.nifty.com/prohits/recog.htm

哲学的な問題を数理科学で挑戦する。究極的に目指すところは同じだ。全てが哲学になる。
認識論の第一部で他者の認識を扱う。そして、第二部で自己を認識する仕組みを記述する。
そこには脳の構造と働きについての知識がなければならないのは当然だ。それを解いた。

問題を掘り下げて行く。生きものはなぜ群れを作り社会を作り、それに加わるのか?本能だ。
生存本能に基づいた行動。そして重要な結論に辿り着く。社会は自己認識の鏡の役を果す。
心を通わせる通信がデリケートコミュニケーションだ。漣はrippleだが英語では何と訳すか。

気を配る思い遣りに溢れた通じ合いを表現したい。Sensitive communication と言えばどうか。
社会が追求するのが個人的な富なのか福祉なのか?鏡を通して自分の欲求欲望が見える。
共食いを避けるのが生存と子孫繁栄のための自然の仕組みだったのだ。でも限界があるね。

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